それは秋の初めの日暮れ時のことでした。一本杉の辺りには早くもススキが銀色に風に吹かれて波打つような中に一筋伸びる街道がありました。昔は腕の良い職人であった飲んだくれが通りかかると、先から年端の行かない娘がやってくるのに出会いました。涼しげな白い布をまとった娘は手に竹籠を持ち、それにはわずかに野菜が入れてありました。飲んだくれはそれなりに心が卑しく、ちょっとたぶらかしてやろうと思い用心深く娘を見ると、どことなく狐顔では有りませんか、「おお危ない、これはキツネの化物だな」と、看破したのです。かつて目の利いた職人の魂とは捨て難いものが有りますね。
 さて、貧乏ドック利をさげた飲んだくれの懐には、昼時茶屋で手に入れた焼き油揚げの良い匂いがしていました。狐と見破られたその娘は焼き油揚げの匂いに我を忘れていましたから、飲んだくれの下心に気がつきません。すれ違って、二、三歩行ってからのことです。
「もし、娘さん。籠には何をお持ちかな」
 娘は今日一日の給金も籠にいれていましたからそれを取り出し、
「良い匂いがしますお持ちの焼き油揚げ、私にわけてくださいな」
 と、いいました。
「いやいや、これはこれは」
 飲んだくれはずるい笑いをしながら頭を巡らせました。娘に化けた狐の持ち物を全部奪い取る方法を考えたのです。
「残り物とは言え酒や魚がわずかに生き甲斐。これに変えての楽しみが有るならおやすい御用」
「それは、どのような?」
「なになに、きれいな娘さんもそこまでそこまで。話に聞けば安芸の白蛇は御宝とか、一度お目にかかれればこれは豊楽。願いかなえば嬉し嬉し。」
 娘が恥ずかしげな素振りで傍らの杉の木の根方に竹籠を置くと、その木の後ろに回っていきました。そして、ぐるっと回って出てきたときには小さな白い蛇になっていたのです。飲んだくれはそれを見るとその白い蛇に向かって飛んで行き、わらじの足に力を込めて踏みつけ殺してしまいました。娘から蛇に化けるとき手にしている竹籠は、きっとどこかに置くに違いないと考えたのです。
 まんまと図にあたった飲んだくれは、娘の持っていた籠をさげて街道を行くうちに、日はとっぷりと暮れてしまいました。そこで明かりのついている一軒の農家に宿を請い、留めてもらうことになりました。
 さて、朝になり陽が高くなっても昨晩留めた旅人が起きてこないのを、不審に思ったおかみさんが部屋を覗いてびっくりしました。床がたるみ、水溜りの様なものが出来ていてその中でもがき苦しんでいるではありませんか。襟首をつかみ何とか外に引き摺り出すと、我に返った飲んだくれは
「いやぁ、悪かった、悪かった。これはお返ししますからどうかご勘弁、」
 そう言って昨日の竹籠を差し出したのでした。
 おかみさんがよく見ればそれは、機織りに通ってくる娘に帰りに持たした竹籠でした。飲んだくれがことの子細を白状して「くわばら、くわばら」と手を合わせると、合点の行ったおかみさんは、「その娘は家に通ってくる機織りの娘。お前さんが休んだ布団はその娘が和紙のこよりを摘むんで織った三幅の布に屑綿を詰めたもの」と、教えたのでした。
 こんなことがあってからしばらくしてのことです。杉の木の下に祠が造られ街道を行く人々がお参りをするようになりました。
…正直に巳に成る神様…
…正直に御宝に成る神様…
 仕入れたものが正直に御宝になると、商売繁盛を願う人達でそれはそれは賑わったと言います。

平成14年4月5日
蛇幸都神社委員会物語会


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